昭和は、大人が教育のために子どもを叩くのは当たり前だったのか

母からきいた昭和20〜30年くらいの話

祖母(私からみると母の母)は、手に職がある人だったので、仕事で家を空けることがあった。

出稽古に行く時、姉はギャン泣きし、後追いするので手間がかかったが、下の妹はお見送りの時に、1本人差し指を立てるだけだった。

人差し指を立てる絵


「1円ちょうだい」が、うまく言えないような年頃だったのだと思う。
祖母は、小さい子を置いて出かけるのを心配していたが、泣きもしないので拍子抜けしたそうだ。

戦前から保育園(託児所)はあったようだが、姉や子守が小さい子の面倒を見ることは珍しくなかった。

この時のお留守番代の1円とお弟子さんからのお小遣いが、駄菓子やくじに費やされている。
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悪知恵が働く子どもは昔からいた

正確な年齢はわからないが、仮に、姉10歳、妹5歳、としよう。
子どもだけで留守番する日も少なくなく、10歳ともなれば、幼児を騙すくらい容易い。

姉が雑誌を読んでいると、それに興味を持つ妹。
マンモスとかいう分厚いマンガを、チラッと見せて隠す。
チラチラされると、よけいに見たくなる5歳児。

姉

これ読みたい?10円貸してくれたら見せてあげてもいいんだけどな。

妹

わ〜い。見せて〜。

姉

新しいマンガ見せるから、この前の10円、帳消しにしてよ。

妹

いいよ〜。

これが繰り返され、なかなか返してくれないので、妹はノートに全部書くことにした。
祖母(私から見て母の母)は、姉妹にお小遣いをあげているのに、妹のほうはあっという間になくなってしまうことを不思議に思い、机の引き出しを開けたら、こんな数字がびっしり書かれたノートが出てきた。

◯がつ◯にち 10
◯がつ◯にち 10
◯がつ◯にち 10
◯がつ◯にち 10
◯がつ◯にち 10

もちろん、姉は祖母にガチで怒られた。

悪さをしたら容赦なく叩かれるのが昭和

また、夜にお客さんが来ている時だけ、いつもはおとなしい下の子が、奥の部屋でギャン泣きするので祖母はおかしいと思っていた。

姉は電灯を消して

姉

お化けがくるよ…ほらあそこに…ほら!

と、しょーもないことで妹をビビらせていたことが発覚。
5歳くらいだったら、そら泣くやろ。
母曰く「姉ちゃんの芝居がうますぎて死ぬほど怖かった」とのこと。
祖母は厳しい人だったので、姉は薪で叩かれて「わぁぁん!もうしません!」と号泣謝罪。

昭和後期ともなると学校での体罰はダメと言われるが、体罰される子はそれなりに理由があった。
(なかには先生の気分次第ということもあったらしいが)

姉を見て、悪さをしたら木の棒でブン殴られるという現実を知る。
そんなことがあっても、親の気を引きたい姉のイタズラは止まらない。

お客さんが来ている時は怒られないとタカを括っていたようだが、祖母は祖母で暴走超特急だったので、毎晩のように「下の子を泣かすんじゃない!」とブン殴り、その度に「もうしません!」と土下座謝罪、お客さんにも「まあまあ」となだめられるほどだった。

その姉も成長してからは「おとなしそうなお嬢さん」で通ってたのだから、人間どうなるかわからない。

何十年経っても「姉ちゃんは叩かれてた(物理)けど、私は怒られたことないからね」と何度も擦ってた。

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