母からきいた昭和20〜30年くらいの話。
まだ幼い頃、家から出て細い路地を抜けたところに小さな店があった。
生活必需品はなんでもあって、置いていないのは肉や魚くらい。
駄菓子屋とはちょっと違う。
今で言うコンビニみたいな店だ。
本、味噌、醤油、豆腐、菓子があって毎日のように通ってた。
月刊の漫画雑誌は一番に買った。
私は、おばあちゃんのお弟子さんからお小遣いもらってたから小銭を持ってた。
当て物が好きで、くじを引いて当たりが出るまで全財産突っ込んでた。
大きな容器にお菓子がたくさん入ってて、量り売りで紙袋に入れてくれる。
おばさんの手づかみだったのかなと思う。
トングはなかったんじゃないかな。とても綺麗とは言えない。
よく買ってたのは雀の卵で、2個で1円だった。
10円持って行けば20個買える。
紙の袋にザッと入れてくれるだけで、上をテープで留めてくれるでもなく、そのままハイと渡される。
道は舗装されてないし、子供だから店から10mくらいの場所で転んだ。
袋からこぼれた雀の卵はコロコロと転がって、砂利の中に混ざってしまった。
でもお金持ってたから、来た道を引き返してまた雀の卵を買いに行った。
「あら、もう全部食べちゃったの?」って言われる。毎回。
そんな一気喰いするわけないのに、なんだこのおばさんは、といつも思ってた。
店のおばさんに反抗的な気持ちがありながらも、おとなしくて面と向かっては言えなかった。

夏はアイスキャンデーがよく売れていた。
最近主流のアイスクリームではなく、ガリガリ君みたいな固い氷菓子。
二つ上の姉は、目が大きくて天パで癇の強い子だったと聞いている。
アイスキャンデーを欲しがって駄々をこねるので食べさせたら、その夜ギャン泣き。
腹がみるみる紫色になって、今みたいに救急病院もなく、あわてて医者を呼んだが一晩で亡くなった。
わずか2歳だった。
病名は不明。
「昔はたくさん産んでいたから、一人くらい死んでも気にしない時代だった」と言う人がいるけど、祖父や祖母も一人の人間なのだし、当然感情はあったはずなので、その悲しみは計り知れない。
「祖母は、2歳で亡くなった◯子ちゃん、そりゃあ可愛い子だったよと話していた。」
母が生まれる前に亡くなっているし、写真もないのに、70年以上経っても度々話題に出てきた。
名前が語られる間、その人は生きている。
生きているという表現が正しくないのはわかっている。
存在していた。命があった。
婆ちゃんの話も、姉の◯子ちゃんのアイスキャンデーの話も、誰かと語ることはもうないんだな、などと思いながらピーナツをカリカリ噛んでいる。


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